内なる自然との交流

夜明けの出会い私のお気に入りの棚田です。風がなく水面が鏡になりました。棚田は人間が作ったものですが、このような風景と出会うと、自然に対する畏敬の念を覚えます。それと同時に私たち人間は、自然と切り放された生き物ではなく、自然の一部だということにも意識が向きます。「自然との共生」という言葉は、人間が自然と切り為されていることが前提となっているように感じ、違和感を覚えます。

なぜ、このような風景に感動するのでしょう。それは私たちの内奥に同じ質があるからです。外側にある自然に、内側にある自然が呼応するからではないでしょうか。そのように主客が内奥で出会い、交流し、溶け合う。そのことによって対象を理解するというのが日本的理解の仕方です。日本人はそのようにして自然とともに生活をしてきました。

西洋的に、対象から離れて客観化する科学的理解は言うまでもなく大切です。現代文明はその恩恵を受けている訳ですから。ただ、対象化することで、対象が自分から切り放された存在になってしまい、対象に対する共感能力が失われてしまうリスクがあります。現代社会は効率性を求めるため、西洋的視点で判断し行動 することを求められますが、このような場所に居ると、長い時間を掛けて身体にある五感を通して対象をじっくり感じ、対象との対話が生じてくる機会を持つことが、本当に必要だと痛感します。

夜明けの出会い

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