農家としての自覚

農家としての自覚昨日は19時まで農作業をしていました。以前から畑はしていましたが、今年農家になったことで予想していたよりも自分の意識が変わり、前より増して農作業にコミットしている自分が居ます。実際、今年農地が増えたことも要因として大きいですが。連休中、農作業に精を出して、耕耘機、刈払機、トレンチャー、一輪車などの農機具、鍬や鎌、シャベルなどをかなり使ったせいでしょう、手や腕にはいくつかの擦り傷、切り傷、血豆、火傷ができ、手の皮が厚くなってささくれ立ち、手全体がごっつくなった感じです。

農作業後、深夜に新潟から東京まで運転をしてきて、今日は東京でのセッション日した。ボディワークのセッションでは、このようなごっつくなった手や腕で施術の質が変わってしまうか、多少不安がありましたが、施術で用いる肘や指に傷や火傷があり、施術中に痛むことはあっても、幸いなことに感受性には影響はなかったのでホッとしました。それよりもボディサイコセラピーのセッションでは驚くことがありました。守秘義務がありますから内容を書くことはできません が、自分が農作業をしていることがここまでクライアントの内面に影響するのか、という驚きでした。

ゴールデンウィーク中、農作業にコミットしたこと、そして東京でのセッションで体験したこと、この両方によって進むべき方向が再確認できた感じです。手がごっつくなったとしても「農民ボディサイコセラピスト」、やはりいいかも知れません。

下の画像は、直江津で撮影した日本海に沈む太陽です。夕陽ではありますが、「これから始まる」という感じがします。というのは、この写真を観ていると「お天道様は観ている」という感じがして、「このまま進んでいい」という感覚が得られるからです。

農家としての自覚

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