飯田邸公演のご報告

飯田邸公演7月9日に、大島区にある国登録有形文化財「飯田邸」にて公演が行われました。この公演の発起人は上越市大潟区在住の縄三四郎という若き男性です。彼は東日本大震災後、「自分に出来ることを何かしたい」という熱き想いから、2年前より準備を始め、この公演の実現に辿り着きました。

飯田邸公演私にとっては印象的なことがありました。5月に行われた地元の方々との打ち合わせに同行させて頂いた時のことです。その時、地元の方々は「そんなことは聴いてねぇなぁ。農繁期で忙しくて、事前に約束をしたことだけしかできないんですよ」と言われ、企画側と地元の会場側との間に、少し気まずい空気が流れました。決して会場側が悪い訳ではないのです。縁側を舞台にするために大工さんに頼んだり、駐車場の誘導係をして頂いたり、お蕎麦を出して頂くなど、かなり協力してくださっていることを前提で書いています。それ以上のことは出来ないということですが、それでも期日が迫った打ち合わせですから、決めなくてはいけないことが多く、気まずい空気が流れたのです。しかし、公演後、同じ方から以下のような言葉が発せられたのです。

「次回はな、チケットをできるだけ売ってやるすけ」

一つのことを一緒に成し遂げることで仲間意識が生まれること、その接着剤の役割を音楽と踊りが担ったことを、今回の飯田邸公演を通して感じさせて貰いました。そして、一人の熱き想いが人に伝染し、人が動き、皆が公演に向けてエネルギーを注いだ結果として当日、演者とスタッフ数十名、お客さん百数十名が一つになったことは何より素晴らしいことでした。一人の人間の熱き想いと行動力、決して諦めない意志の力が、如何に大事かということを見せつけられました。縄三四郎、大した男です。そして、縄さんの熱意を受けて快く力を注いだ小島千絵子さん、長尾景友さんをはじめ、八丈島の方々、海音鼓の方々、地元の方々、大島小学校中学校の子どもたちなどと一緒の時空間に過ごすことができて幸せでした。私も1曲だけ長尾さんのギターに合わせてジェンベを叩かせて頂き、それもまた楽しい時間でした。

飯田邸公演今朝、畑に出ようとした際、奥寂庵の隣りの畑に居た方に「この間は行けなくてすまないねぇ」と声を掛けられました。私自身にとっては飯田邸公演は、この地域にさらに強く繋がるきっかけになりました。相当タイトなスケジュールでしたが、関わらせて頂いて、よかったです。

以下に、公演の様子をお届けします。

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