ぬか床とファシリテーション

国立市での活動を10年間サポートしてくれているパーカッショニストの須藤君が、日帰りで神奈川から奥寂庵に来てくれました。彼は、奥寂庵の地元の素材と清水を使ってぬか床を作り、そのぬか床を鼻毛の池の空気に触れさせ、そこでの太鼓の音をぬか床に聞かせるために、わざわざ遠路はるばる奥寂庵までやってきたのです。このぬか床を落ち着かせてから、国立市のヘルスリズムスの自主グループ「叩いて健康」の皆さんにお配りします。何故、彼がそのような発想になったかを説明するには長文になりますが、簡単に言うと、国立市でのヘルスリズムスでは「西洋から来た楽器とプログラムを如何に日本的なものにするか」ということをここ数年ずっと模索してきたことが基本にあります。日本文化のなかにある編集力を活かすことを考えた時に、彼は「ぬか床」を思いついたのです。「味わいを深める場を提供する」という共通項が、ぬか床とファシリテーションにあることから、そこからさらに場を深めようと私達は考えました。

また、ぬか床を作るだけなら神奈川でできますが、奥寂庵で行うことに意味があると彼は感じ、わざわざ日帰りで来たのです。ビジネスマインドからは「何ばかなこと、無意味なことをするんだ」という声が聞こえそうですが、そのアホさ加減が大事なのです。無駄のない効率性のみを求めるなら、パラダイムシフトは生じにくいけれど、このアホであることが、現存のパラダイムからの飛躍の可能性があると確信しています。それがただのアホで終わったとしても、ご愛敬で済まされます。

一昨年、毎月農業体験をしにきていた友達が、年末に開催されたイベントにスタッフとして招集されました。それは友達にとって名誉なことだったのですが、僕の都合で、イベントが沢庵にするための大根を樽に漬ける日と重なってしまったのです。それで友達が選択したのは「大根を漬ける」ことでした。僕が無理に来て欲しいと頼んだのでもなく、イベントが低位にあったわけでもありません。ここで言いたいのは、魂が惹かれるものを選ぶ際、周りにはアホだと思われることもあるということです。このようなアホさ加減、大好きです。

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