不可思議な感覚の到来

昨日は一日、地元の方と一緒に、裏側の2階屋根の雪下ろしと雪掘りを日が沈むまで行いました。全身汗びっしょりになるほどの重労働でしたが、屋根を傷めずに済み、ホッと安心です。ようやく2階のデッキから出入りが出来るようになりました。

作業を終えて屋内に入り、汗で身体を冷やさないように石油ストーブを付けるために、ボイラー室にある大型タンクからポリタンクに灯油を移している時に、不思議な感覚に襲われました。

「いろいろな出来事や関係性があってもそれらは全て幻であり、人生で成し遂げてきたことは全て必要がないことだった。大事にしてきたグラウンディングをすることや奥寂庵で過ごすことさえも必要なかった。今、額にある意識を得るには、全てが必要のないことだった」というような感覚でした。「人が死ぬ直前にはこのような感覚に陥るだろう」という感覚とともに、内側から湧いてきたのです。このようなことは、外側からの知識(情報)としては書物を通じて知っていたことではありますが、内的な感覚として深いところから湧いてきたのは初めてでした。しかも自分の意図とは関係なく。というのは、その時私が意図していたのは、灯油をこぼさないように心掛けていたことだけでしたから。

その感覚は、私の意図とは関係なく湧いてきて全身を包み込み、徐々に薄れていきました。薄れた後に、意識的にそのことにフォーカスしようとしても湧いてきません。そういう意味では自力で得られる感覚ではないのでしょう。今、忘れないように言語化しようと試みていますが、そうすればするほどその感覚が失われていく感じもします。あのような感覚の方が幻のようにも思えてくるほどです。

4日間、危険と隣り合わせの状況で、五感をフルに稼働させながら、汗びっしょりになるほどの重労働をし終わった後に、その感覚がやってきたことから、ある意味、苦行によって特異な意識状態になることと似ているのかも知れません。しかし、次回、同じようにハードに除雪作業をしても、その感覚を得ようと意図すればやってこないでしょう。ただ、無駄な努力かも知れませんが、額にかすかに残っている身体感覚に意識を向ける機会を持とうと思います。

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